スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

コメントはこちらへ☆⇒【 - 】

6/4 キャンドルナイト

 
 6月4日(土)
今年もささやかに「ディヤールのキャンドルナイト」をしました。

赤いバラを飾って、オレンジのキャンドルをそばに置いて。

赤いバラは、イラクの国花です。

オレンジ色のキャンドルは、芯が埋まっていて、もう火をつけられないのですが、そばに置いています。 これは、2007年のクリスマスの時期に、ヨルダンの首都・アンマンの路上でイラク難民のおばさんが売っていたものです。 花のような香りがするキャンドルです。

ディヤールも、イラクからの難民でした。
今はアンマンの郊外にある、サッハーブの共同墓地に眠っています。

いつか、サッハーブへ行って、ディヤールのお墓を花で埋めてあげたいです。

あの子の死から、5年が過ぎました。
コメントはこちらへ☆⇒【 comments(0)

夜風に揺れて。

 
 久々のブログ更新です。

さすがにひと月以上更新していないと、
「病気なの?」
と心配して、連絡を下さる方々が・・・。
ありがとうございます!

「元気」とは言えませんが・・・大丈夫です。

3・11から、もうすぐ3ヶ月。
ずっと「震災」にかかりっきりの3ヶ月でした。

今も、現地からのさまざまな情報と向き合い、札幌にいてできることを形にしてゆく毎日が続いています。
それは、まだまだまだ・・・これからも続いてゆくのでしょう。

それと並行して、そろそろ、「1000peace」も再開しようと思います。

3ヶ月を経て、「震災被災地への緊急支援」から、「情報を共有し、共に生きてゆく」時期に入った、と感じるからです。

「未来の世代につながる具体的な行動をしている人を応援する」
「1000peace」としての、このコンセプトは今も変わりませんし、その中で、イラクのことも、パレスチナのことも、祝島のことも・・・ひとつずつ形にしてきました。
その中の一つに、「東北の応援」が入る、ということなのだと思います。

今までも続けてきたことの現状と、新たに始めたことの紹介を、ぼちぼち書いてゆきますね。

まずは、今日、6月4日は「ディヤールのキャンドルナイト」の日。
とりたてて、集まったりはしませんが、今夜ろうそくをともして、静かなときを過ごす人がいる・・・ということを思い出してもらえたら・・・うれしいです。

ナナカマドの花が夜風に揺れていました。
ナウシカの言葉を思い出して、シャッターを切りました。
「命は闇の中にまたたく光だ」

ディヤールが発し続けた「光」を想って、今夜はロウソクをともします。
コメントはこちらへ☆⇒【 comments(0)

アースデイ

 
 4月22日(金)
アースデイですね。 アメリカでは、新聞にも大きくこんな見出しがありましたっけ。

「HAPPY EARTHDAY!!」

今日一日が、みなさんにとって穏やかな日でありますように。
コメントはこちらへ☆⇒【 comments(0)

4月21日のたんぽぽ

 
 4月21日(木) たんぽぽが咲いていました。

丁度1年前の今日も、たんぽぽを見つけて写真を撮りました。
アメリカのど真ん中、ニューメキシコ州のロスアラモスという町で。

そこは世界中から科学者が集められて、1945年の7月に「原子爆弾」が「開発」された町です。

1年前の今日、その町で私が見たものは、自分の故郷と何も変わらない「日常」でした。
子ども達がサッカーをしていて、お年寄りがイヌの散歩をしていて、空にはトリが舞い、地には花が咲く・・・たんぽぽは、どこに咲いていても、たんぽぽ色でした。

「日々、新たな発見がされる わが町 ロスアラモス」
沢山の旗が道路わきに立っていて、こんな砂漠の中の小さな町に「国立研究所」があるってことが、嬉しいんだ、自慢なんだよ・・・そういう空気に溢れていました。

私の故郷も小さな町ですが、国立大学があり、それは町の人間の誇りです。

あぁ、原爆は角の映えた鬼のような人間が作ったのではなかった・・・。
頭では十分すぎるほどわかっていたことが、目の前に現れたあの日、私は途方に暮れました。
夜、地平線まで続く星空の下で一人になったとき、自分はなんてちっぽけなんだろう・・・と。

何が善で、何が悪か・・・そんなことではなく、人が人としての営みの果てに作り出した「原子力=核」というものに向き合ってゆく、その心の準備も知恵も知識も技術も、なにもかもが準備の出来ないうちに、人間はそれを手にして、使ってしまった。
「核分裂」自体は、他の町で実験され、「原子炉」が作られましたが、それを「実用化」する、つまり「具体的に使う=原子爆弾をつくる」ことの始まりとなったのは、そこ、ロスアラモスでした。
「始まりの地」まで旅をして、私は、途方に暮れてしまったのです。

ドウシヨウ・・・コノヒトタチヲ、ニクメナイ・・・ニンゲンヲ、キライニナレナイ・・・オロカモノト、ワラエナイ・・・ドウシヨウ・・・。 ワタシモオナジ、ニンゲンダ。

それで、帰国後、「核物理」に関わった人たちの手記と、原爆や原発事故など「核の被害にあった人たち」の手記と、両方を、同時進行で、集中して読み漁ったのです。
会える方には、お会いしてお話を伺いました。
誰が加害者で、誰が被害者か、という角度からではなく、全てひっくるめた「人間の営みのありよう」を私は知りたかった・・・歴史の中の「人の心の軌跡」・・・今もそれを知りたいです。

果てしない探求の最中、「原発震災」について警告する本を読んだ直後に、今回の震災が起きました。 とんでもなく、どんぴしゃりなタイミングでした。
この時のために、私の長い長い旅は用意されていたのかもしれない、とさえ思いました。

ロスアラモスを訪ねてから、1年。
今は、途方に暮れることなく、ひたすら前に進んでいます。
たとえニンゲンと言う種族が滅びても、地球の生命は滅びない、と確信しているからです。
ニンゲンは、自分が作り出した毒で、いずれ滅びるかもしれない。
でも、「生命」は、この星のどこかで続いてゆくでしょう。

たんぽぽと一緒に風に揺れながら、「それで十分」と笑う私になりました。
コメントはこちらへ☆⇒【 comments(0)

4・11のキャンドルナイト

 
 4月11日(月)
震災から1ヶ月目の夜。
友人が企画したキャンドルナイトに参加しました。

職場からの道中、お花屋さんに寄ったら、お花をオマケしてくれました。
レジの横には、震災支援の募金箱が置いてある、そんな花屋さんです。
私が、お花選びをず〜っと迷っていたら、話しかけたきてくれて、
「派手ではなくて、重過ぎないように・・・キャンドルナイトに使うから」
という私の願いの通りに、一緒に選んでくれました。

花束の中には、カスミソウを入れました。
英語では「Baby’s breath(赤ちゃんの吐息)」だから。
あの日、亡くなった赤ちゃんとお母さんのために。

まず、その二人のためにお祈りしよう、と思いました。

カンテレという、フィンランドのお琴の演奏を聞きながら、静かな静かな、キャンドルナイトでした。
コメントはこちらへ☆⇒【 comments(0)
Copyright (C) 2009-2010 1000PEACE All Rights Reserved.
このサイトの著作権は、すべて1000PEACEまたはその情報提供者に帰属します。
サイト内の文章画像等の無断使用は固くお断り致します。